学校の沿革
1972年(昭和47年)10月12日に松縄町字南原807番1号の中部運動場用地を学校建設用地に用途変更され、1973年(昭和48年)8月4日 - 校名を高松市立中央小学校と命名されました。1974年(昭和49年)4月1日に太田、木太、栗林の各小学校区から分割、更にその他の学校からの転入306名の児童とともに開校しました。
校内の様子
校舎面積は6.955㎡があり、33の普通教室と11の特別教室を有しています。広い運動場だけでなく、中庭、南庭(ひだまりの庭)でも、休み時間に児童は遊んでいます。
校区の概要
中央小学校は高松平野の中央部に位置し、北東に屋島の景勝、北西に紫雲の峰、南には阿讚の連山が展望できます。田園が広がっていた校区の中・南部は、著しく変化しています。多肥・福岡線が全面開通し、交通量は急激に増加している。レインボーロード等校区内の道路整備と大型店舗の進出により、児童を取り巻く、生活環境は大きく変化しています。地域・保護者は、教育に熱心で協力的であり、PTA・子ども会育成会等の活動にも積極的に参加し、教育効果をあげています。
























