校長室の窓から 5月20日
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 5月9日の全校集会で話をした、校長先生の高校時代の思い出には続きがある(一年生の時の水泳クラスマッチ。国分寺中学校出身の同級生O君の力泳)。
 予選が終わると、全く泳げないO君に、大勢の目の前で恥をかかせた、少しは泳げる同級生たちが自分の卑劣さを知り、口々に「すまん」と心から詫びた。O君は誰も責めなかった。だから余計にリレー選手から逃げた同級生たちの心に残り、この時以降、彼はクラスの英雄になった。「O君の勇気に応えるために、絶対優勝しよう」を合言葉に男子は、いやが上にも気勢が上がり、予選に出た選手よりも速く泳げるものは自分から名乗り出て、選手交代をし、決勝は予選よりもはるかに速いリレーチームができあがった。
 私は「勝てる!」と信じた。私自身にも秘策があったのだ。予選でアンカーを務めたK君の泳ぎを見た私は、一つの発見をしていた。それは、彼がターンの時以外は息継ぎをしていないことだった(まともなバタ足もできない私だが、力任せに面かぶりクロールで25m泳ぎきることはできる!)。
 結局、ぶっつけ本番の私の秘策は失敗した。ターンで、しこたま水を飲んでむせ返り、帰りの25mが「犬かき」に近い「平泳ぎ」になったためトップから大差をつけられ、あえなく優勝の夢は潰えたのだ。水の上を滑るように泳いだK君はその後、水泳部からの強い誘いがあり、母校のトップ選手として活躍し「アメンボ」の異名をとった。綾川での水遊びしか知らない自分が、なんとも無謀な挑戦をしたものだと後で悔やんだ。
 間近に迫った体育祭での、生徒諸君の身の丈にあった活躍を期待している。