「国分寺中学校修学旅行団の皆様、本日のご利用、誠にありがとうございました。またのご利用を心よりお待ちしております」のアナウンスが機内に流れて637便は高松空港に着陸した。昨年も一昨年も、学校名をあげての、このような放送はなかった。
修学旅行最終日の東京からの飛行機は定期便で、一般客も乗り合わせている。しかし、過去二年間、初めて飛行機に乗る多くの生徒の興奮や、無事香川に帰れる安堵感や開放感、そして好奇心も重なって機内は騒然となった。何度も気ままに席を立つ者、周囲を無視した大声で話す者、自分の座席にはいるが後部座席の方に向いてはしゃぐグループ、トイレを覗くために行列をなす者などが後を絶たないのだ。機内サービスも騒ぎの原因になる始末だ。引率教員は一般客との境の位置に座っていて、余りにひどいときは注意をするが全く"焼け石に水"で、シュンとなるのは一瞬だけ。私はひたすら(早く高松に着いてほしい)と念じるだけだった。特に昨年は空港ターミナルまでの通路で私は、客室乗務員に「十分に指導ができていなくて大変ご迷惑をおかけしました」とお詫びを述べた。「そんなことはありませんよ」と、にこやかに返してくれた慰めの言葉は、余計に心にこたえた。
私は三日目の深夜の打ち合わせで「機内は、友だちと騒いで楽しく過ごす場所ではなくて、一人ひとりがゆったりと自分の時間を静かに過ごす憩いの場所だ」ということを指導してほしいと先生方に頼んだ。音楽・ラジオ・テレビ用のヘッドホーンや新聞・雑誌・本を置いてあるのは、「それぞれが、ひとりで静かに、隣席の人に迷惑をかけずに過ごすように」というメッセージなのだ。機内で、わずかな睡眠時間を確保できると期待している、超多忙な人たちも乗り合わせているのである。
4月25日朝の全校集会で、新幹線乗車の素早さと、機内のマナーの良さを誉めた。教員は、「過去二年間の生徒のできが悪かった」ではなく、「今年は効果的な指導ができた。どこがよかったのか」と考えるべきだ。
この日、一年生の学級日誌に「僕たちも三年生のように誉められる修学旅行をしたい」とあった。