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「みなさん!井上通女って知ってますか?」     
,,「えっ!?誰?それ・・・。」
,,「やっぱり知らない人が多いいようですね。」
,,「???」
,,「それでは私が井上通女についてお教えしえしましょう!!」
,,「・・・・・・・・。」
,,「井上通女は1660年井上本固の長女とし丸亀に生まれました。井上本固は通女に幼いころから学問を教えていたのよね。通女自身も勉強好きで,通女はとてつもなくすごい子どもに成長したの!」
・・「えっ!!」
・・「烈女伝や女誠って知ってる?」
・・「全然知んない。」
・・「烈女伝や女誠っていうのは女訓練っていうとにかくすっごーく難しい本なの。」
・・「それがどうしたの?」
・・「読んでたのよ。」
・・「はぁ??」
・・「通女は5・6歳でそんな難しい本を読んでいたの!」
・・「5・6歳!?それって僕が小学校になりたてでやっと国語を習ってる時じゃん!!」
・・「そうでしょ!!そんな時に通女はそんな漢字だらけの本を読んでいたのよ!すごいわねぇ。」




井上通女の学力の評判はぐんぐんと上がってきました。
16歳のころは処女のふや深けい路など漢詩文をかくことに
より周りの人からは女博士と呼ばれるようになったのです。
井上通女の評判を聞きつけた江戸の殿様は高松藩を通し
通女を領主高豊の母君養性院へ呼び寄せました。
・・「母君養性院というのは殿様の話し相手になったり勉強を教えたりする仕事なのよ。」
・・「すっすごー。」
・・「通女は高松藩の人たちともよく話し合った結果元和霜月十六日,参勤交代にまじり江戸へ向かったの。」
(参勤交代)・・江戸時代の制度で各藩の殿様が3年か2年に一度江戸に行くこと
・・「その霜月ってなに?」
・・「霜月というのは十一月のことよ!」
  『天やはらぐ初めのとし霜ふみて永にいたくころ
   ほひなれば年経るに丸亀を船よそほしひてあまずのかたにおむく。
   まずは難波として・・・・』
・・「これは通女が江戸に行くときの旅日記『東海紀行』の一節よ。通女はこの時22歳だったんだけどすごい一節よね。この中の『天やはらぐ・・・』は元和元年のことよ。
(1681年)当時は女性が西国から江戸まで行くのは少なかったうえに旅日記を書く人もあまりいなかったの。(江戸中期になると旅日記が出てくるが初期には珍しい。)」
・・「それが後世にまで残るとなると類がしぼられてくるね。」
・・「そうねー」
・・「通女には他の旅日記ってないの?」
・・「あるわよー!!通女が江戸で過ごしたことをかいている
『江戸日記』そして丸亀に帰った時にかいた『帰家日記』」
・・「なんでまた江戸から丸亀に帰ったの?」
・・「うーん・・・・いろいろな説はあるけど養性院に天然痘
がはやってそれを期に帰ったんですって。
通女の書いた『東海紀行,江戸日記,帰家日記』にはそれぞれ和歌や漢詩があるのよ。そしてその3つの作品は『通女三日記』と呼ばれているの。」
・・「それは全部大ヒットしたやつなの?」
・・「そうねー・・・・。有名といえば有名ね。でもこの中で一番といえば『東海紀行』ね。これは江戸女流文学の最高峰として評価を受けているわ!」(ちなみに女性は勉強しなくてもいいという時代に書いた旅日記が評価されたことは一面において女性の評価アップであった。)


東海紀行には16首の和歌4首の漢詩が書かれている。また通女は丸亀から
江戸へと行くのだがその途中天竜川と言うところで病気になった。日記によると
かぜだったそうだ。
江戸では『新井白石』や『宝鳩巣』などが通女のことをほめたたえ通女の名は
全国へ広まった。
・・「新井白石や宝鳩巣はこの時代ではとても有名な学者なのよ!」
・・「そんなえらい人達が通女の学力を認めたんだね
通女はすごいなぁ。」
・・「井上通女は今でも多くの人に親しまれているのよ。井上通女が
生まれた場所は今の城西小学校なんだけどそこには『井上通女』の像がたっているの。」
・・「うわー像まであるの!?すごいじゃん!!」
・・「よね!?すごいわよね!!」

  一口メモ

井上通女と同時期に活やくした女流文学者である丸亀藩の京極伊知子。この人の代表作は『涙草』。通女の日記形式とはちがう歌物語である。伊知子は丸亀藩の殿様の家来の奥さん(今でいうと会社の重役の奥さんぐらいかな)でした。この時代,次の代の子どもがうまれないとお家断絶となり,その家の名前が無くなってしまうという決まり

 


 通女さん,私は通女さんの生き方,短歌や漢詩の魅力,すべてに引きつけられました。すべて・・・といっても,私はまだまだ,通女さんについて知らないことがあります。例えば,江戸での9年間,そこでどんなことが起きたのかは知りません。でも,通女さんの「自分のしたいことをし,幸せになる」という生き方に私は憧れます。
 「自分のしたいことをする」ということは,わがままではなく,自分の生き方をきちんと考え,生きることだと思います。私も,「したいこと」に打ち込む人生を送りたいと思います。私の「したいこと」が私の人生になり,それが私の目標にもなります。そのことをほかの誰かに笑われたとしても,私は絶対に挫折したりしません。その根性を,私は通女さんからもらいました。
 私には今,「したいこと」がちゃんとあります。もし,そのことで悩んだとき,通女さんのことを思い出すことで,私は,これから何をするべきか考えることができると思います。通女さんの存在は,私の一生の支えです。永遠の目標でもあります。
 
平成14年3月1日 
         
                               美咲より
                         おわり