空海の一生
788年  このころ阿刀大足について儒学を学ぶ。
791年  大学の明経道に入る。このころ「こくうぞうぐもんじほう」を学び石づち山・室戸岬・太龍嶽の三ヶ所で修行する。
797年  12月「三教指帰」を表す。  
804年  このころ得度として正式なそうになる
       5月遣唐大使藤原かどのまろたい一行の船に乗りなにわをたつ。
       7月暴風雨のためなんばして海を漂流する
        8月唐の赤岸鎮にたどりつく。
805年   6月青竜寺で恵果より密教さずけられる。
806年   唐から帰国するが太宰府にとどめられる。
810年   10月高雄山寺で鎮護国家行う。
811年   10月己訓寺を嵯峨天皇からあたえられる。
812年   高雄山寺にもどり、最澄に密教の灌頂をおこなう。
813年   このころ密教をひろめるための教団が成立する。
816年   6月嵯峨天皇より、高野山をあたえられる。
818年  高野山で伽藍の建設がはじまる。 
821年   5月讃岐の国の満濃池の修築を行う。
823年   1月嵯峨天皇から東寺をまかせられる。
828年   3月摂津国の大輪田泊の改修工事を行う。
       12月綜芸種智院を作る。 
831年   このころ悪性のできものができる。
832年   11月高野山に帰り五穀を断つ生活に入る。
835年   3月21日寅の刻入定する。
921年   朝廷から弘法大使の称号を贈られる