この校門は明治27年に建造したものと思われ,当時県下でもほとん見かけることのない赤煉瓦造りであった。 村民たちは,この校門を〔赤門〕とよび親しみ,そこをくぐる子どもたちに大きな期待をかけてきた。 近年,門の下半分は補修され,色も塗りかえられたが,上部は,創建当時のままである。