彦四郎の焼き物
彦四郎の簡単な説明
↑みまや焼きの館に展示されて
いる彦四郎の火ばち
彦四郎は、1719年、しょうぐん吉宗の時代
に生まれました。幼いころから「人のために
なることをしたい」という大志を持っていまし
た。
17才のころから、諸国を旅し、そのとちゅ
う、尾張にいった時、陶器づくりの盛んな様
子を見て感動したそうです。そして、すぐ、弟
子入りし、その技術を学びました。さらに、研
究を重ねてわりがまを発明し簡単に作れて、
やすく売ることのできる生活必需品や日常生
活に必要と思われる様々な陶器を作り、窯あ
げしたところみごと成功しました。
そこで、ふるさとさぬきにもどり、同じように
したのですが、焼き物は失敗してしまいま
す。この原因は、土だと思った彦四郎は、焼
き物に合う土を探して、さぬき中をまわり、見
つけたのが御厩町の土だったのです。
彦四郎の焼き物は、檀紙の校区に3つ残っています。そのうちの一つは、みまや焼き
の館にあります。『みまや焼きの館』というのは、地域の人たちが、今から十年くらい前
に、「このままでは、御厩町から、みまや焼きの技術がなくなってしまう。ぜひ、ふるさと
の技術を伝えていこう。」という願いで、建てた館です。中には、数々の焼き物がみまや
焼きの型がかざられています。また、中には土器づくりができるコーナーもあります。
かざられている焼き物の中には、様々な年代に作られていたものがあり、同じ道具で
も、使いやすいように変わってきたことがわかります。
展示されているものの中に「彦四郎の火ばち」があります。みまや焼きの特ちょうは、
黒なのに、この火ばちは黒くありません。
焼いた後、いぶすと黒い色になり、いぶさず焼くとこのような土色になるそうです。彦
四郎の時代は、黒いものはなかったようです。この火ばちはとても大きなものです。ね
ん土の厚さもとても厚いです。形を整えてつくるのは、大変だったと思います。なぜそう
思ったかというと、私は、「5〇〇人の土器づくり」で、土鈴を作ったとき、手の平ぐらい
の大きさのものですが、形を整えるのは、大変だったからです。少し力が入りすぎると、
形がくずれてしまいます。また、ゆっくりていねいに作っていると、土がひびわれてしま
います。形を作るのは楽しかったけれど、むずかしいと思いました。彦四郎は、どうやっ
てこんなに大きなものの形をひび割れずに作ったのだろうと思います。
また、この火ばちには、彦という印がほられています。