フォーラム後の子どもたちの作文

きょうたろう

フォーラムへいったよ。

おおきなこえではっきりといえたよ。バスでぐうぐうとねたよ。おべんとうもおいしかったよ。かんらんしゃもみたよ。ほんばんもがんばったよ。おねえちゃんはことばをいうのがつまったけどがんばってたよ。こうせいくんもわたるくんもがんばってたよ。たくさんのひとのまえで、しんぞうがびっくりしたけどがんばったよ。

ひなみ

大きなはく手をもらったよ

624日木曜日フォーラムがありました。わたしは本番ドキドキしてかんご体けんのさいごの方でわすれてしましました。頭の中がまっ白になっていっしょうけんめい思い出そうとしましたがなかなかことばが出てきませんでした。そしたらみんながはく手をくれました。それがわたしにはガンバレというはく手に感じました。わたしはそれで少しドキドキがおさまりました。わたしはみんなに「ありがとう。」といいたいです。わたしがこのまちがいをしなければ大きなはく手はなかったと思います。このけいけんはいいけいけんをしたと思います。

こうせい

ハンセン病フォーラム

624日、ぼくはハンセン病フォーラムにさんかしました。そこには多くの人がいました。その人たちはぼくたちをささえてくれるようでした。風のまいのえいがでさっちゃんを見つけたりしました。いよいよ本番です。いろいろな所で発表をしましたが、えひめでは、はじめてなので、知っている人はいませんでした。ぼくが発表をしている間に3人泣いていました。大せいこうしたんだと思います。これからも、このような発表を続けたいです。

わたる

ハンセン病フォーラム

623日水曜日みんなで最後のハンセン病フォーラムの練習をしました。624日木曜日、ハンセン病フォーラムをしました。ひなみちゃんがいうのが多かったのでぼくは、心配しました。とちゅうで止まったけどなんとかいけました。フォーラムが終わってみんなが「よかったよ。」といってくれました。名しもなくなっていました。そして帰る時に船の中で入所者の方が「渡君、よかったよ。」といってくれました。ぼくは、「よし、ぼくもがんばるぞ。」と思いました。

ハンセン病フォーラム04’
本番に向けて練習中。もう日にちが無いので、練習にも力が入ります。みんな長いセリフもばっちり覚えられています。当日のことを考えると、いつまでもドキドキしてしまいます。
本番当日。バスに乗って3時間、向かうは愛媛県の松山市です。みんな初めての地に期待と不安が高まります。
ついに会場に到着。足早にホールに向かいます。リハーサルの時間が余り無いので、すぐに用意です。
まずは、会場の雰囲気になれることが大事!大きなホールには500人は簡単に座れそうです。
舞台での立ち位置の確認のあと、リハーサルです。マイクを使うとはいえ、大きなはっきりとした発表が大切です。みんな、すでにかなり緊張しているようですが、リハーサルでは大きなミスもなく、上手に発表できました。
なんといっても一番大事なのはお弁当ですね。
大きなお弁当もみんなペロリとたいらげました。
本当に、緊張しているの??
いよいよフォーラムが始まりました。まずは、青松園の園長先生や自治会長さんの講演です。
映画「風の舞」の後がいよいよ庵治第二小学校の番です。もう、みんな落ち着きがありません。
「続いては、庵治第二小学校のみなさんの発表です。」

「いつまでも、入所者のみなさんの孫でありつづけたい!・・・」ひなみちゃんの透き通った声に、会場の空気がピンと張りつめます。

「今年、たった一人の新入生が入学しました。
きょうたろう君!

「はいっ!!」1年生の元気な返事、堂々とした自己紹介に会場からは早くも大きな拍手が。

各自己紹介のあと、いよいよ本題です。
「私たちは大島案内ひきうけ会社というのをやっています。・・・」ひなみちゃんが話始めます。
「ぼくは入所者の野菜作りの名人のHさんにトマトの作り方を教えてもらいました。・・・」きょうたろう君、見事に長いセリフを言えました。
「・・・(ある入所者の方は)何度も死のうと思ったそうです。でも、死ねませんでした。・・・」
「・・・差別は知らないことから始まります。・・・」こうせい君の言葉に会場がグッと息を飲みます。涙を流して聞いてくれている方も。

「・・・百歳の入所者の方のお誕生会にいきました。・・・」渡君が丁寧に入所者との交流活動について発表します。みんな真剣に、でもワクワクしているような目で聞いてくれています。

「今から案内の一部を紹介します。・・・」みなさんに案内を疑似体験してもらいました。
「続きは大島に来てください!」子どもたちからの熱いメッセージです。

最後にみんなで童謡「ふるさと」をリコーダー&合唱しました。
「どぉ??ぼく、がんばったでしょ?」
この子は本当に1年生なんだろうか?と思ってしまうくらい本番中堂々としていました。
帰りのバス。実は、もうエネルギーは残ってなかったんだね。
本当にお疲れさま!!
そして、ありがとう!!
「いつまでも 入所者の方の 孫であり続けたい!」